テキスト家業が増えると途端に日記の頻度が落ちるのには困ったものです。
さておき。
私が愛読しているWEB誌のひとつにImpressの
PCwatchがあります。
まあ、このブログでもちょこちょこ記事を紹介しているのでご存知の方も多いと
思いますが。
PCwatchの中でもとりわけよく読んでいるのが後藤弘茂さんの記事。
この方の記事はPCテクノロジー好きにはたまらないものがあり、熱心なファンも多い
みたいですね。この方のPCアーキテクチャに関する先見性は非常に優れていて、私も
記事がupdateされるのを楽しみにしていたりします。
……とまあ、こんだけ前振りをしておいてなんですが、今日は後藤さんの記事では
なくて、PCwatchで活躍されているもうひとりのライターさんの記事についての話です(笑)。
◆山田祥平のRe:config.sys「GUIの助っ人」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/column/config/20090529_170419.html
この方は他のライターさんとは違って技術云々バリバリの話ではなく、一歩引いた
別の視点でPCとその周りを考える切り口でこれまた面白い記事を書かれるライター
さんです。考え方感じ方は人それぞれなので他のテクノロジー関連の記事のように
「1+1=2」といった明快な論調ばかりではありませんが、そういう考えもできるか、
と固くなりがちな頭をほぐしてくれる良い記事を書かれています。
そんな山田さんの最新の記事が上のアドレスです。ぜひ読んでみてください。
……んでですね、今回の本題はココからなんですが(長い……)、関連記事として
この記事の下に3年前の記事が紹介されていまして、久しぶりに読み返したら
面白かったのでこちらを紹介したかったんですよ。
◆山田祥平のRe:config.sys「脱ビットレート」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0922/config124.htm
圧縮音源の利便性と危険性。その在り方について書かれている記事です。
私も
「ポータブルオーディオの容量の増加は曲数を増やすためではなく、
音質を上げるために使うべきだ」という主張を
当ブログでもしていますが、
私が言いたかったことがまさに上の記事に書かれています。
非可逆圧縮の利便性は当サイトでも享受していて、MP3で楽曲を公開しています。
これをPCMで公開となると容量も帯域も必要になるので現実的ではないわけで、
非可逆のメリットは確かにあるのです。ただ、
(引用ここから)
化学調味料のうまみに慣れきった舌が、煮干しやカツオで丹精込めてとった出汁に、
なんとなく物足りなさを感じるようなことが、今後、起こりはしないのだろうか。
(引用ここまで)
怖れるのはこの一点。圧縮することによって大量の音楽を浴びるように聴くことが
できるようになった反面、本来の音質から遠ざかってしまいあったはずの音を切り
捨てた、化学調味料まみれの音に慣れてそれが当たり前になっていくことはあまり
にももったいないと思うのです。
(引用ここから)
持っている音楽、全部を持ち出せるというところに意義を見いだして買った
iPodだが、持ち出せたのは全部じゃなかった。圧縮で失われた音は、CDの棚
に置いたまんまだ。
(引用ここまで)
音楽の作り手として本来聴いて欲しい音が聴いてもらえていないかもしれないと
いうこと。
聴き手として本来聴けるはずの音が聴こえていないかもしれないということ。
乱暴な言い方だと言う人がいるかもしれないけど、それって作り手も聴き手も
どちらも不幸なことじゃないかなって、そう思うんです。
上に書いたとおり、メリットも多いのは確かにそうなんです。
ですが、それで満足してしまったら、そこで終わっちゃうんだと思う。
ある歌手のコンサートに行ったときのこと。その歌手がコンサートの最後の挨拶に
「いまの時代、一番の贅沢は生で音楽を聴けるこのコンサートなんだと思います」
っていう一節があって、強烈に印象に残っています。
きっとその歌手が言いたかったのはこういうことなのかもしれない。
そんな風に今になって思ったりしています。
たまにで良いからCDからの音、リッピングしないで聴いてみてください。
聴こえなかった音が、作り手の伝えたかったことが、聴こえてくるかもしれません。
| http://s-studio2.net/blog/index.php?e=629 |
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| 12:25 AM |
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