先日ピアノシンセYAMAHA S90XSが発表されたぜ!って書いたばかりなんですが、
またピアノ音源で気になるものが出てまいりました。……つってもこっちはハード
シンセではなくソフト音源ですが。
それを紹介する前に、今更ピアノ音源についてのおさらい。
ここ10年のピアノシンセを軽~く振り返ってみましょう。
何というか、リアル系を標榜したソフトシンセでのピアノ音源というのはほぼ例外なく
PCM(サンプリング)音源というのが最近の相場でありまして、いかにリアルにして
いくかということを考えたときに、より精密に、より高ダイナミックレンジで、より長い
リリースタイムで……などなど、技術的な話をしてもしょうがないんで割愛しますが、
結局音を良くするには全部「データ量が増加する」ということに尽きるんですな。
なんでもそうです。音楽に限らずHDコンテンツとか高解像度DTPとか写真とか。
特にピアノのようなアコースティックな楽器に対しては本物に近づけるための要素と
いうのは、そりゃもう数え切れないほどあって、それが全部データ量増に結びつくわけ
です。サンプリングの仕方やノウハウ、各社のテクノロジーやエンジニアの味付けも
ありますが、誤解を恐れずに極めて乱暴に言えば「高音質=より多い波形容量」と
なるわけで、詳細について差異はあれど基本的な考え方は大同小異。PCM音源の宿命
ですな。
つーことでとりわけ再現が大変なピアノ音源について、メーカー各社日々切磋琢磨
しているわけですが、まだまだハードウェアシンセが元気な2000年という時代に
NemeSys社がGiga Pianoという製品で文字通り1GBの波形容量を持ったソフトウェア・
サンプリングピアノを出して業界を震撼させました。それまでもソフトならではの
大容量波形音源はありましたが、Giga Pianoのインパクトは小さくありませんでした。
それから10年近くの月日が流れて現在。その後も容量増加はとどまる事をしらず、
気が付けば今やピアノ単品の音源にも関わらず数GB~数十GBクラスの製品がフツーに
流通しているわけです。すごい時代になったもんです。
最近だと過去に当日記でも紹介していますがSynthogy社Ivory Grand Pianosなんかは
好みこそあれど、フラッグシップな音色を出すということに異論を挟む方は少ないと
思いますがどうでしょう。
Synthogy社Ivory Grand Pianosの画面
このIvoryなんかは実に41GB超という波形を使ってピアノを再現しているわけで、
この調子でバイオリン、ギター、ドラム……と揃えていったら、かなり乱暴な計算
ですがGM128音色揃えるだけで5TBとかのHDDが必要になっちゃいます。
ある種笑い話ですらありますが、このまま突き進むと笑い話では済まなくなる可能性
もあります。現在でも既にオケ音源VSLなんか、音源部だけでさえ全部HDDに収まら
ないとか、全音源を使ってフルオーケストラを奏でるにはCPU・メモリ・HDDの転送
速度がまったく追いつかない、なんて話はよく聞きます。大枚はたいて揃えても同時
に使えないなんて本末転倒な気もしますが(もちろんここでの例は相当に極端な例
ですけど)、たった一トラックで数十GBに達するデータをパレットに並べられない
のは、PCのメモリが今だ数GB、ハイスペックマシンでも10GBちょっとが一般的と
いう現状を考えれば自明だったりします。
だいぶ話が逸れましたが、詰まるところこのままPCM容量がどんどん肥大化して
いったところで、PCのテクノロジが追いつかなければじきに頭打ちになってしまう
可能性が大なわけで、これはもう波形容量増加だけでなく、そろそろ他の方向性でも
音質を高めていくことを模索しなければいけなくなりつつあるのかな、と。
かなり大げさな仮定のもとに大仰な説をぶち上げましたが(笑)、音質を強化する
というメリットとトレードオフで、以前なら普通にできていたそのほかのことが
出来なくなる可能性は出てくるということは言えると思います。かといって半導体や
バス周りの進歩が追いつくのをただ待っているわけにも行かないわけでして……。
これが要因というわけではないのですが、このタイミングで最近では仮想モデリング
技術が再度脚光を浴びるようになってきました。
仮想モデリング、つまり物理演算で楽器をシミュレートするということですが、これ
が出た当時はまだまだ技術的にも成熟しておらず、なにより再現する環境のスペック
が貧弱だっため、目新しさはあったものの日々常用して物理音源だけで制作すると
いうところまでは至りませんでした。
しかし現在では10年前に比べて明らかに環境も整いつつありますし、各社アナログ
音源の再現だけではなく、これまでPCMの独壇場だったアコースティック系音色に
関してもバーチャル音源で実現しようという動きがあり、すでに製品実装が始まって
います。
ハードウェアではRolandのARXなんかがそうですし、KORGのOASYSもオルガンの
物理音源が搭載されていたりします。この流れがソフトウェアシンセにも来ています。
YAMAHAのVL/VA音源などの物理音源が果たして本当にリアルなのか、PCMの代替、
そしてPCMを駆逐するほどにまで進化していくのかという議論と試行錯誤はしばらく
続くと思いますが、おそらく中~長期的な流れとしては物理音源一辺倒ではなく、
PCM+物理音源という流れにシフトしていくのは間違いないんじゃないかな、と個人
的には思っていたりします。そしてその先、もっと未来にはPCMでも物理モデルでも
ない、現在では思いもよらないアーキテクチャが生まれるかもしれませんね。
さて、大概長くなりましたが、ウンチクはここまで。
ようやく気になる製品のご紹介です。……いや、いつも最初に記事の紹介をして記事の
内容をなぞるだけのことが多いので、たまには持論を先にぶちまけようかと思った
もので。すいません(^^;
というわけで今回ご紹介する音源はこちら。
MODARTT S.A.S.社のバーチャルピアノ音源Pianoteqです。
MODARTT S.A.S.社のバーチャルピアノ音源Pianoteq
VSTとしてもスタンドアローンとしても動作します。しかもWin/Mac/Linux対応で
Win版とLinux版は32/64Bitどちらも対応という徹底振りが光りますな。他のフォー
マットは記事最後のアドレスを参照してもらえば分かりますが、RTASやMacのAU
プラグインもOKみたいです。
さて、上の話を踏まえての紹介ですが、まずはこの音源、波形容量がなんとインストーラ
込みで20MB弱。このご時世に0.02GB!にわかには信じがたいコンパクトサイズです。
ところがこの音源。サンプルを聴いてもらえば分かりますが、驚くほどリアルな音が
出ます。PCM前提に考えると20MBじゃ絶対出せない音色です。なぜこんなことが
できるのか?……そう、このシンセ、ピアノを物理演算しているんです。
ここでは上に名前が出たのでIvoryを例に挙げますが、直接的な音質については正直
Ivoryに勝っているとは思えません。ですが、物理演算の真骨頂は「生成する」という
部分にあって、ただ音を出すのではなく、環境を含め発音する点でPCMオンリーでは
出せないアンビエンスな部分まで音に出てくるわけです。
弦の共鳴、ペダルの踏み込み、ハンマーの打鍵など、ピアノはそのものの音以外の
要素が重要なことがよく分かります。このPianoteqではよくもまぁと感心するくらい
細かく物理設定を変えていけますので、この手の音源が好きな人はそりゃもういつまで
でも遊んでいられます(笑)。PCMのEGを弄るとかいったレベルの話ではなくて、
本当に調律している感覚を味わえると思います。
ちなみにIvoryとこのPianoteq、偶然なのかどうか分かりませんが日本の販売代理店が
同じだったりします。どちらもサンプルがサイトで聴けますので、ぜひ聴いてみて
ください。どちらの音源も一長一短ありますが、Pianoteqについては演奏として聴い
たときのアンビエンス感の次元の違いが歴然で、別段音楽制作に明るくない人でも
はっきり分かると思います(試聴はヘッドフォンを強く推奨します)。
そして気になる価格ですが、こちらもなんとIvoryと同じ49140円(税込)。
なんと悩ましい価格付けをするのか(笑)。
この音源はPCMとどちらが優れているということではなく、シチュエーションや用途、
もっと言えば好みで選んですら良いと思います。
これからが楽しみな音源がまたひとつ増えたことは喜ばしいと思います。しばらく品薄
でしょうが、楽器屋さんで触れる機会があったらぜひ触ってみてはいかがでしょうか。
◆Pianoteq 製品情報
http://www.minet.jp/pianoteq/pianoteq/
◆Ivory Grand Pianos 製品情報
http://www.minet.jp/synthogy/ivory/